自分を大事にできない人が他の人を大事にできない 第1,501号

 何事にも挫けることなく己の信念を貫いた

武家女性の生きる姿勢である。山本八重、

後の新島襄夫人、新島八重である。

 幕末の会津籠城戦では、スペンサー銃を抱え

て戦い、「日本のジャンヌダルク」と称され

た。襄と結婚してからは聖書を手に、「ハ

ンサムウーマン」といわれ、襄の死後、

戦地に看護婦として赴き、「日本の

ナイチンゲール」として活躍。

 晩年は、茶道を極め、同志社のおばぁちゃま

として多くの生徒たちに親しまれた。その

人生は、時代に翻弄されながらも、信念

を貫く芯ある生き方であった。会津の

武家女性の教育という観点から、

八重の生き方を探るとき、

安に怯える現代の私たちに、

さまざまな生きるヒントが見出される。

 礼法で心を鍛え、精神コントロール

を自在にする。

 新島八重は、小笠原流礼法を学んでいる。

ごく幼い頃から母親が日常生活の中で

教え込む。家格の高い家では

教育係が教える。

 会津藩に限らず、武家では

小笠原流礼法を身につけた。

 武家政権となった鎌倉時代から、京都の公家

との交際をスムーズにするために、荒くれ

の武士たちに礼儀作法を教えるようになった。

 すべての雑念を払い、ひとつ

のことに一心になる。

 茶の湯。仕事や趣味など、何かを打ち込む

ことで悲しみを乗り越えた人は少なくない。

八重も晩年には茶の湯の稽古に励んでいる。

 茶の湯は「おもてなし」という側面ばかり

がクローズアップされがちだが、最も

重要なのは、茶の湯の原点である

「独服」であるとされる。

 「独服」とは、自分のために茶を点てる

こと、自分自身をもてなすこと。

 独服は、「自分を大事にできない人が他の人を

大事にできない」という真理を表している。

 自分自身と向き合うところに茶の原点が

あるということは、稀代の茶人でも

あった井伊直弼も説いている。

 「自分と向き合う」という原点は、禅と

共通するところであり、茶の湯と禅は

切っても切り離せない関係にある。

 いつどんな時も動じない心。

 無駄なく、隙のない仕草でお点前をしな

がら、いつしか無我の境地に至る。あと

に残るのは安らぎに満ちた静寂である。

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 今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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