信頼を勝ち得た理由は「協力者を絶対に守る」その一点に尽きる 第 2,729 号

 日本が大戦へと向かう中、太平洋戦争開始直前、

頭脳で世界と渡り合い、日本を正しい方向へと

導こうとした男たちがいた。外務省に眠る約

4万冊のファイルから、先人の足跡を辿る。

 ソ連を相手にした一大交渉。「満鉄」とはそも

そも、帝政ロシアが清国と共同経営で、満州の

大地に巨大なT字を描くように敷設した東清

鉄道、そのT字の縦棒部分を日露戦争の

勝利により譲渡されたものである。

 東清鉄道の残りの部分は、ロシアがソ連に

変わり、清国が中華民国に変わっても両国

の共同経営が続いた。満州国の建国に

より、ソ連と満州国の共同経営と

なったが、何とも落ち着きが悪い。

 この鉄道問題、「北満鉄道」をめぐる対ソ連

交渉は、杉原にとっておのれの能力を

発揮する一大好機であった。

 杉原が満州国に移籍した後、ソ連は日本ないし

は満州国に、「北満鉄道」を譲渡したいと申し

出てきたので、日本政府は、満州国が買い

取ることこそ適当と考えた。

 杉原は、この檜舞台で見事な活躍を示した。

 ソ連が提示してきた金額、6億2500万円に

対して、「北満鉄道」の線路が老朽化して

いる実態、買収交渉をしつつもソ連側が

北満鉄道の列車を密かにソ連国内に引

き揚げている事実などを次々と明ら

かにし、ソ連側に突き付け彼らを狼狽させた。

 その結果、最終的に1億4000万円で「北満鉄道」

は、満州国に売られたのであった。最初の申し

出価格のおよそ5分の1まで値下げさせた

のであるから、杉原の大勝利である。

 このとき杉原が用いた手法は、協力者たち

から情報を集めることであった。留学生と

してハルビンに到着して以来、杉原は

ハルビン、そして満州に住むロシア

人と交流し、彼らの信頼を勝ち得ていた。

 彼らロシア人たちの多くは、ロシア革命を

逃れてきた、ソ連政権を憎むロシア人、革

命の色「赤」に対して白系露人と呼ばれ

る人々であった。それゆえに、危険を

起こしても杉原に協力したのであった。

 杉原による情報網形成の秘訣は、「協力」

関係を築くことにあったと思われる。

 「北満鉄道譲渡交渉」の場合には、政治的

な立場が不安定な白系露人と接触し、彼ら

が憎むソ連に一泡吹かせるために協力

関係を構築した。

 のちに、リトアニアやドイツ領では、ドイツ・

ソ連両国に母国を奪われた、ポーランド軍人

たちと協力関係を築いた。彼らポーランド

軍人たちも祖国を奪われたという弱い

立場にあったが、ドイツやソ連に

ひと泡吹かせたいという強い

気持ちをもっていた。

 そのような彼らと同じ目的に向かって、協力

していく関係を築いたことが、杉原のイン

テリジェンス・オフィサーとしての

力の源泉であった。

 そのためには何より白系露人やポーランド

軍人から信頼される必要があった。杉原が

信頼を勝ち得た理由とは、「協力者を

絶対に守る」、その一点に尽きる

のではなかろうか。

白石 仁章 (著)『戦争と諜報外交。

        杉原千畝たちの時代』

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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