「水路」は日本をまとめる「かすがい」のような役割を果たしてきた 第 2,937 号

 「地形」をテーマに日本史の謎を解説しブーム

を巻き起こしました。その竹村氏が、本職で

ある水も加えて、地形と水をテーマに、日

本史に斬り込みます。日本は古くから

水に恵まれ、同時に高い山もそびえ、

地形も複雑でした。

 そのため、地形や水を抜きにしては語ることは

できません。交易も川や海がもともとの中心。

奈良の盆地も湖があったから栄えたのです。

 いままでの文献主義の歴史家にはわからない、

新しい日本史がここにあります。

 水上ネットワークを支配した者が権力を握った。

 家康が天下をとれたのは、水上交通の要衝、

江戸のおかげ。

 古代ヤマト王権は、いまはなき奈良湖の埋め立て

と開墾からはじまった。そして、その後の京都

の繁栄は琵琶湖の水が支えた。

 京都が日本の中心になったのは琵琶湖と瀬戸内海

を結ぶ場所にあったから。

 信長は琵琶湖のネットワークを作り上げたが、

瀬戸内海を支配する前に敗れた。そのあとを

継いだのが秀吉だ。彼は難攻不落の大坂城

に居を構えた。

 その秀吉から天下を奪ったのは、江戸を支配下に

置いた家康である。江戸という土地と水上交通

のネットワークがなければ、家康は天下を

とることはできなかったであろう。

 「地形と水」という視点を持てば、

新しい日本史が見えてくるのだ。

 日本では、古代より「水路」が重視され、

私たちの生活を支える大切なインフラと

して機能してきた。「水路」による

人々の交流は、日本人のアイデン

ティティを形成する一つの大きな要素と

なり、日本をまとめる「かすがい」の

ような役割を果たしてきた。

 日本の国土は南北3,000キロにもなる長大な

もので、言語も文化も、水路によるつながり

がなければ、もっとバラバラな形になって

いた可能性がある。

 水路でつながる日本は、日本語という一つの

言語でまとまり、多少の地方差はあるものの、

文化や価値観にある程度の共通性を持ち、

北は北海道から南は沖縄まで、一つの

文化圏を形成している。

竹村 公太郎 (著)『地形と水脈で読み解く!

新しい日本史』

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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