子供は自分がどんな状況にあるか.本能で分かるんです 第 2,739 号

愛する娘の死、首の骨を折る大怪我……
様々な人生の四季、悲嘆の時を乗り越え、
講演活動を通じて命の大切さ、尊さを多くの
人々、子供たちに語り続けているのが
鈴木中人さんと腰塚勇人さんのお二人です。

命の大切さを伝えるという使命に生きるお二人
に、一度きりの人生を悔いなく生きる要諦、
心の持ち方を語り合っていただきました。

─────────────────

(鈴木) 
いま腰塚さんの原点のお話をお聞きしました
けれども、私の原点は1995年、長女・景子を
6歳で亡くしたことです。

発病、闘病、そして死別。
そこから講演活動に取り組み始めるまでには
10年ほどかかりました。

当時を振り返っても、
景子が涙の中で大切なことを
遺してくれたという感謝の思いと、
自分が娘を殺してしまったという思い、
この二つが私の「いのちの授業」の
原点だという思いを深くしています。

景子が発病したのは3歳の時でした。少し前
から歩くとすぐに「えらい疲れた」と言うので、
風邪かと思って近くの病院に連れて行ったら、
おなかに腫瘍があると。

後の精密検査で小児がんだと告げられた時には、
何で自分たちがこんな目に遭うんだと思いました。

(腰塚) 
運命を恨まれた。

(鈴木) 
入院する前の晩、「明日から入院だよ」って
伝えたら、景子は「康ちゃんは?」と弟の
康平のことを心配するんです。

その時に、家族が一緒に過ごせる、
これまで当たり前だと思っていたことが
どんなに素晴らしいことであったか、
初めて気づかされました。そして、
眠りについた景子の寝顔に手を合わせて、
病気が治りますようにと祈りました。

入院後は、手術・抗がん剤治療が続いたの
ですが、二か月ほど経ったある日、景子が涙を
流しながら「私、天国に行っちゃうの」と
言いました。

私は3歳の子がそんなことを
言うはずがないと考えていました。
でも、子供は自分がどんな状況にあるか、
本能で分かるんです。それから
景子にとって何が一番よいことなのか、
この子の命をどう輝かせるかを
最優先に考えるようにしたのです。

治療についても、痛いか痛くないか、
お母さんが一緒に傍にいるかどうか、その都度
きちんと話して聞かせるようにしました。

(腰塚) 
景子ちゃんの身になって
寄り添っていかれたのですね。

(鈴木) 
以後、2年間治療を続けました。
経過は順調で、これでやっと普通の生活に
戻れると信じていました。

ところが、2年経って治療を終えるために
精密検査をしたら……

★続きは『致知』最新号でご覧ください。

人生の苦難に向き合い、
いま使命に生きるお二人のご対談からは、

・人生は自分がしたことがそのまま返ってくる
・最期まで輝きのある一日を届けてあげたい
・一度きりの人生 後悔しない生き方を
・「私は」を主語にして生きる
・「いのちの人生時計」を心の中に持つ

など、一度きりの命をよりよく生きるヒントを
教えられます。本対談の詳細はこちら 

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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