渋沢栄一があの時代の切迫感を人一倍感じていた 第 2,369 号

最新号の特集テーマは「渋沢栄一に学ぶ人間学」。
昨今、新しい一万円札の顔として注目を集める
渋沢栄一。
『致知』では人間学という視点で
渋沢栄一という人物を掘り下げました。

明治大学教授・齋藤孝さんと、
中国古典研究家・守屋淳さん。お2人が対談で
語られた渋沢ならではの「修正力」は
その人生観、仕事観が凝縮されていて
大変興味深いものがあります。

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(守屋) 
渋沢栄一の人生を辿る中で最初の志の高さ、
そしてそれを生涯腐らせなかったことが
渋沢栄一のすごいところだと思います。

以前ある方にリーダーの条件について伺った時、
「やりたいことがある人」だと教えられました。
確かに、大企業の幹部と話をしていても、
やりたいことがない人がかなり多くいます。


そういう人がトップに就くから、地位を守る
ために保身に走ったり権力争いが起こったり
する。若い時に志があっても、年を経るごとに
腐らせ、無くしてしまうのでしょう。

渋沢栄一の前半生はものすごく揺れ動いている
ように見えますが、その志は一貫していました。


「沈む日本を何とかしたい」、その軸があった
ので、最初こそ倒幕を目指したものの、
徳川慶喜という人物がリーダーとして立てば
日本は素晴らしい国になると考えが変わると、
幕臣となって日本のために仕えた。

この柔軟性は志の高さゆえのものです。しかも、
その初心を腐らせず生涯日本のために
働き尽くしました。

これは渋沢栄一の人生を考える上において
重要なポイントだと思います。

(齋藤)
倒幕の志士が幕臣になったことは渋沢栄一
の「修正力」の高さの表れだと私も思います。
渋沢栄一はパリ万博時にフランスに行った際
にもちょん髷を切って散切り頭になりましたし、
明治政府の職を辞して野に下ったのも
僅か四年の間の出来事です。

違うと分かってからの修正力が非常に高いん
ですね。しかもスピード感のある修正力。
それが可能だったのは、渋沢栄一があの時代の
切迫感を人一倍感じていたからです。
いくら志が高くとも、
実行が遅い人は志に欠けるように思います。

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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