「 教育・思考・清浄 」一覧
相手の時間を奪うことは相手の生命を軽視しているということ = 2-2 = 第 903 号
約束を守る。 「近々、飯でも行きましょう」こんな 小さな約束でも守れない大人 はゴマンといる。 「あの人は信頼できる」というのは 口約束を守る人のことだ。 口約束にこそ命をかけよう。 日本人は紙約束や印鑑が大好きな国民だ。 ところが人生で大切なのは 紙約束よりも口約束だ。 口にしたことは些細な約束 ほど必ず死守する。 口数が少なく...
相手の時間を奪うことは相手の生命を軽視しているということ = 2-1 = 第 902 号
成功する人は「多くの人が見落としが ちなあたりまえのこと」を、誰よりも きちんとやっているだけなのだ。 きっと君はバカにするだろう。 「あいさつをしましょう」 「ありがとうを言いましょう」 「時間を守りましょう」。 ところが不思議なことに、大人になると ほとんどの人はそれができていないのだ。 英語の勉強の前に、きちんと あいさつをしよう。 ...
親が無私の心で子どもの幸せを祈る「肉親の情」そのもの 第 900 号
世界最古の国!!日本が誇る皇室の 歴史と文化、その実像。 平成から新時代へいま、天皇陛下の 譲位をめぐり、日本の皇室が 注目されています。 初代・神武天皇から125代。 そして126代へと引き継がれて きた伝統の源とは、いったい 何なのでしょうか? 日本人の利他心は国民性。 利他心は伝染する。 代々の皇室がひたすら国民の幸せを 祈り、その利他...
命は借りてきたもの.いわゆる天から舞い降りたもの 第 899 号
日本人横綱が最後の砦を築いていた時代。 貴乃花はなぜ「伝説」として 語り継がれるのか。 相撲道を追求する偉大なる横綱の すべてが詳らかになる。 「父でもある師匠から、横綱が決まった 時に『男になったな』と一言 だけ言われました。 それは一般的には褒められてもらった 言葉と思われるかもしれません。 しかし、相撲道の中の師弟関係という ことを考える...
外国語を学ぶことは母国語を更に学び母国語が洗練される 第 898 号
イェールで教鞭を取っていたころの 斉藤氏は、ある危機感を募らせていた。 それはずばり「日本人の英語力」 についてである。 イェール大学には毎年のように、世界中 から超優秀な若者たちがやって来る。 とくに、中国・韓国・台湾からの留学生 は増え続けており、その数は日本人 留学生をはるかに上回るほどだ。 彼らと日本人留学生を比較すると、日本 人だけが圧倒的に...
君はいま生きている時代に感じたものを表現するんだ 第 897 号
漆芸家で人間国宝の室瀬和美さん。 漆の道を歩んでいく上で最も刺激的な 学びを得たのは、蒔絵の人間国宝・ 松田権六さんだったと言います。 ─────────────────── 室瀬 和美(漆芸家/人間国宝) ─────────────────── ──いまでも印象に残っている松田先生 の教えはありますか。 教えは本当にいっぱいありましたけど、 特...
昔から親しんできたゆずの香りによって食事を楽しむ 第 896 号
寒い季節になってくると、あの酸味を 帯びた爽やかな香りで鍋料理のおいし さを引き立て、冬至の日には木枯ら しに冷えた体をお風呂で優しく 温めてくれる「ゆず」。 日本人には古くから馴染みの深い果物 ですが、その素晴らしい健康効果は あまり知られていません。 ─────────────────── 岡山 栄子(「ゆず」研究家) ─────────────────── ...
多くのお金持ちにとって食事や飲み会は投資なのだ = 2-2 = 第 895 号
お金持ちはすべて自分のせいにする。 お金持ちになれる人というのは、なかなか 人にはできないことを実現しているので、 多くの優れた面を持っている。 その中でも特にすごいのが、結果の すべてを自分のせいにできる 精神力の強さである。 移動中の打ち合わせは定番。 あるIT企業のオーナー社長は、明らか に電車のほうが早いという場合を除 くと、基本的にタクシーを...
覚醒時に脳に宿題を与えて.睡眠時に無意識に解かせる = 2-1 = 第 892 号
「朝、起きられない」「昼間、うとうと と眠ってしまう」「体がだるくてやる気 が出ない」といった悩みを抱えている 人に「正しい睡眠」を教えます。 「正しい睡眠」を獲得することで、仕事 の能率や生産性、意欲が10倍にアップ。 充実した日々を送ることができます。 「適正な睡眠時間とは?」「どうすれば 夜ぐっすり眠れるのか?」「寝る前に宿 題を与えれば、睡眠時に脳が勝手...
幼い子供には、お話ほど大切なものはない 第 891 号
幼児才能教育は『全人的教育を目指す もの』だと理解できます。 法律学者であったカール・ヴィッテは、 1800年にドイツのロヒョウという 村に生まれた。 父親の名前は、同じくカール・ヴィッテ。 父親のほうは、片田舎の牧師であったが、 非常に博学な人であった。 ヴィッテ牧師は、息子の綿密な教育計画 を立て、そして実行した。 この教育法が功を奏して、9...