子供というのは限りない可能性を持っています = 2-1 = 第 2,761 号

本日は、いまから25年前の『致知』に掲載され、
反響を呼んだ、東光院住職・三輪真純氏の
感動秘話をお届けいたします。

ぜひ最後までお読みください。


………………………………………………

「子供は限りない可能性を持っている」

 三輪真純(東光院住職)


     『致知』1998年8月号より

      ※肩書は掲載当時

………………………………………………

私は中学を落ちて仕方なく高等科へ上がり、
行くところがないので師範学校へ入りました。

家が貧乏で、月謝の必要な学校へは行けなかっ
たのです。

当時は昭和五年の不景気の頃で、農村から、
成績がよくて金のない連中がわんさと集まっ
ていました。

小学校では割と成績が良かったのですが、
ここでは周りがみんな優等生です。

勉強が進むうちに、
私は数学が全然わからなくなりました。

全寮制でしたが、休みになると家に帰り

「母ちゃん、一生懸命やってもついていけない
 から、落第するかもしれない。だからそん時は
 覚悟してくれや」

と言いましたら、母は、

「まあしょうがないや」

と言っていました。

一年の時は百八十人のうちの百二十番くらい。
辛うじて落第は免れたというもののひどい成績
でした。

しかし私が

「俺、落第じゃない。まだ俺の下に六十人もいる」

と言いますと、母は「よかった」と褒めてくれ
ました。

ところが二年の試験が終わった時のことです。

妙に胸騒ぎがして家に帰りたくて仕方がないのです。

その時の舎監の先生は非常に厳しい方でしたが、

「もうちょっとで休みに入るですが、
 どうしても家へ一度帰ってみたいと思うのです。
 わがままを許してください」

と頼みますと、

「そうか、じゃ、日帰りで行ってこい」

と許可をくれましたので、急いで家へ帰りました。

「ただいま」と言って家へ入ったら、
庫裏のほうに石油ランプがついています。
いつもはそんなところにランプはありません。

はっと思いました。
位牌が飾ってあります。
親父が出てきました。

「太郎(私は本名は太郎といいます)、
 母ちゃんが死んじゃった」

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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