奥意を極めて.百歳でまさに神妙の域を超えられるのではないだろうか 第 2,209 号

 世界に最も知られている日本人画家の実像は、

実は知られていない。「写楽=北斎」説を

本書で初めて知る方は驚かれるだろう。

 写楽という時代を経たことによって、北斎の

絵はどのような変化を遂げたのか ? そして

その絵はなぜ、世界に大きな影響を及ぼ

したのか ? 北斎の何がすごいのか、知

られざる実像とともに、本書で述べてみたい。

 北斎の妙見信仰と使命感では、

北斎の本質とは何か。

 北斎の北は北極星と北斗七星を示唆している。

これは妙見信仰と掛けたものだと

考えられている。

 妙見菩薩とは、「北極星あるいは北斗七星

を神格化した菩薩。国土を擁護し災害を

減除し、人の福寿を増すという。

 特に、眼病平癒を祈る妙見法の本尊。主と

して日蓮宗で尊崇。尊皇王。北辰菩薩」

(「広辞苑」)とある。

 つまり、北という字には共同体とか国家と

いう意味が含まれているというし、尊王

としての妙見菩薩の意味合いも感じさ

せる。それほど大きな意味を持って

いると北斎はこれを知っていたのだろう。

 それほどの教養と知識がある人である。単な

る言葉遊びの「酒落くせい、阿保くせい」

ではなく、北斎と自ら名乗ったときに、

それだけの使命感を持っていたのだろう。

 何度も改名しているから、北斎も簡単に変え

たのだと思われるかもしれないが、自分の

名前をそんなにいい加減につけるはず

がないと思われる。

 この妙見菩薩について、一つの逸話があるので

紹介したい。北斎がいつものように柳嶋妙見山

に初詣に出た帰り道のこと、間近に落ちた雷

に驚き、田んぼの中に転げ落ちてしまった

というのである。しかし、それから後、

描く絵が売れ始めた。北斎は、これ

は妙見菩薩の霊験だと信じ、

一層厚く信仰したというのである。

 「富獄百景」初編のには、北斎の絵に対する

覚悟が書かれている。こういうものである。

 これを口語訳してみよう。「私には六歳から

物の形を写生する癖があり、五十歳の頃から

数々の画図を本格的に発表しようとしてきた。

 →七十歳以前に描いたものは、実に取るに

足りないものばかりだった。七十三歳で、

鳥獣虫魚の骨格や、草木の何たるかを

いくらかは悟ることができた。

 →故に、精進し続ければ八十六歳でますます

向上し、九十歳になればさらにその奥意を

極めて、百歳でまさに神妙の域を超え

られるのではないだろうか。

 →百何十歳となれば、点の一画が生きている

ようになることだろう。願わくば長寿を司る

神よ、私の言葉が偽りではないことを

見ていてください」

 この「富獄百景」のばつ文を書いたとき、

北斎は七十五歳だった。

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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