当時アメリカの大学情報を探すのは「手探り」であった 第1,709号

 「アメリカの美しさと醜さ」を知り尽くした

著者が40年近い対米経験をもとにアメリカ

の「体質」を分析。圧倒的な武力、経済

力、文化力で世界に「民主主義」を

布教するアメリカに対抗する日本の力は何か。

 1964年の7月、戦後日本の国威をかけた

東京オリンピックが始まる前、私は横浜

から大きな客船「ウィルソン号」でア

メリカに渡った。22歳の夏である。

 建国以来最長の好景気が続いていたアメ

リカは、息が止まるほど裕福だった。

 シアトルのワシントン大学では、女子学生

が笑みを浮かべて声をかけてくれた。モテ

るのではないかとノボせた後には、

勉強地獄が待っていた。

 通常2年で取得できる修士号を3年かけて

やっと取り、ニューヨークの広告代理店

で初めて雇われた日本人として働いた。

 数年後、博士課程に戻り、政治と教育の関係

を研究していたとき、「1945年度の国家極秘

文書の全面公開が始まる」という小さな記事

を『ニューズウィーク』誌で読み、ホワイ

トハウスの近くにある国立公文書館へ飛んで行った。

 「日本占領」について真相が見えるのでは

ないかと期待し、震える指で薄ぼこりに覆

われた秘密文書の箱を恐る恐る開いたら、

驚くべき秘密が次々に出てきた。

 例えば、マッカーサーが「天皇を使い日本

を統治する」と決断し、陸軍長官と参謀

総長に宛てた長文の電報。この電報

が天皇陛下の命を救う。

 1964年、「留学」といっても簡単ではなか

った。大きな本屋にも留学に関する本は一冊

もない。アメリカの大学情報を探すのは

もちろん「手探り」である。

 1964年4月上旬、コロンビア、ワシントン、

ハワイ大学の三校から入学許可が届いた。

知人の息子さんがフルブライト奨学金

で留学された秀才だった。コロンビ

ア大学で一年間留学して帰国していた。

 その秀才に相談にのっていただいた時の会話

は覚えている。彼は言った。「あんた、英語

はできるんかいな。辞書なんか引いている

暇ないで。パーっと読まれんかったら、

落第や。辞書丸暗記して行き。丸暗記や」

 ♠「日本語と同じで漢字知らんかったら、

日本語でけへんやろ。英単語、知らんか

ったら、英語でけへんわ。英会話?ア

ホウ。英語のできん日本人はすぐ英

会話とか言いよる。単語も知らん

で、何の話ができるねん」

 ♣「お前、行く前からあかん。英会話なぞ、

アメリカに3か月いたらできる。その後、

どないする。言うといたるけど、最初

に気がつくのは単語力のなさや。語

学力は単語力。辞書丸暗記する気

がなかったら、行かん方がええでぇ」

 楽しみにしていた留学が重くのしかかって

きた。辞書をパラパラと捲り、こんなもの

丸暗記できるわけがないと思いつつ、

「A」のページだけでもやってみ

ようかと丸暗記作業を始めた。

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 今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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