自分の中に眠る無限の生命力を信じる 第 2,284 号

豊富な経営体験に基づき、
より良い人生や仕事を全うするための心の技法
を唱導する田坂広志氏。
氏の活動の原点は、30代の頃の闘病体験に
ありました。死をも覚悟する病の中で、いかに
活路を見出したのか。『致知』最新号の
記事の一部をお届けします。

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(田坂)

「死中活あり」という今回の特集のテーマを
踏まえて、最初に、私が生死の境において、
死中に活を見出した体験を述べましょう。

いまから38年前、32歳のとき、私は重い病
を患い、医者から「もう長くは生きられない」
との宣告を受けました。

医者から見放され、自分の命が刻々失われて
いく恐怖と絶望の日々、両親は私に、ある禅寺
に行くことを勧めました。藁をも掴む思いで、
その寺に行きましたが、そこには何かの不思議
な治療法があるのではとの期待は、すぐに
打ち砕かれました。

寺を訪れると農具を渡され、ただひたすら畑仕事
で献労をすることが求められたのです。

明日の命も知れぬ自分が、なぜこんな農作業を
やらなければならないのか。そう思いながら
鍬を振り下ろしていると、不意に横から「どん
どん良くなる! どんどん良くなる!」
と叫ぶ声が聞こえてきました。

見ると一人の男性が懸命に鍬を振り下ろして
いる。しかし、その足は大きく腫れ上がり、
ひと目で腎臓を患っていることが分かりました。

休憩時間に声を掛けると、その男性は言いました。
「もう10年、病院を出たり入ったりですわ。
一向に良くならんのです。このままじゃ家族が
駄目になる。自分で治すしかないんです!」
その覚悟の言葉が胸に突き刺さってきました。

そして、その瞬間、一つの思いが湧き上がって
きました。「そうだ、自分で治すしかないんだ!」。

それまで自分は、医者が治してくれないか、
この寺が何とかしてくれないかと、
常に他者頼みであり、自分の中に眠る
無限の生命力を信じていませんでした。
それが最初の気づきでした。

それから数日後、山の中腹の畑を耕しに行くこと
になりました。当番になった私が仲間に農具を
配り終え、先に出発した仲間を追って山道を
登り始めると、思わず言葉を失う光景を目に
しました。

それは、足を患っている献労仲間の老女が、
鍬を杖にして、山道を必死に登っていく姿でした。
農作業はおろか、歩くことすら困難なのに、
不自由な足で、鍬にすがりながら、山道を登って
いる。

しかし、その後姿から、その老女の覚悟の声
が聞こえてきました。「たとえ畑に辿り着け
なくとも良い! 私は全身全霊、この命を
振り絞って登り続けます!」

私は思わず心の中で手を合わせ、「有り難う
ございます。大切なことを教えて
頂きました」と念じながら、
横を通り過ぎていきました。

※この禅寺での経験は、田坂氏のその後の人生に
大きな影響を与えます。氏が到達した人生観を
交えたお話は『致知』最新号(12月号)で
詳しく紹介されています。

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 今回も最後までお読みくださり、

   ありがとうございました。感謝!

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