私の生き方や考え方が大きく変わったのはそれからです = 2-2 = 第 2,348 号

病気は順調に回復しましたが、それよりも褥瘡、
床ずれのほうが大変でした。麻痺した部分の
血流が悪いので、1度酷くなるとなかなか
治らない。

気がつくとどんどん悪化していて、
大手術を2回受けることになりました。

この時は3か月間ずっとベッドに仰向けのまま
自分の意思では顔も動かせない状態でした。
ご飯を食べるのも歯を磨くのも、ずっと
ベッドの上。

それだけに、ようやく車椅子で外泊の許可が
出た時は天に昇るようでしたね。


ある日、娘が車椅子を押して私を街に買い物に
連れ出してくれたんです。目的の店はすぐ
目の前なのに車椅子では遠回りしないと行けない
というようなことがいかに多いかを、この時の
外出で初めて実感しました。

それともう1つは人の目線ですね。
どこに行っても「うわぁ、かわいそう」といった
目で見られてしまう……。「車椅子で何とか
なると言ったって、何ともならないじゃない」
という感情がワッと込み上げて、一所懸命に
頑張ってきたものが音を立てて崩れるようでした。


それが本当に辛くてレストランに入った時、
「もう無理」と思って初めて娘の前で泣き
ました。「こんな状態で生きていくなんて無理
だし、母親として、してあげられることは
何もない。

お願いだから、私が死んでも許して」って。

娘は「泣いているだろうな、死なないでって
言われるんやろうな」と思ってふと見たら
普通にパスタを食べていました。

そして「知ってる、知ってる。死にたいん
やったらいいよ。一緒に死んであげても
いいよ」と言ったんです。


続けて「でも、逆を考えて。もし私が車椅子に
なったら、ママは私のことが嫌いになる? 
面倒くさいと思う?」と聞きました。

「思わないよ」「それと一緒。旅行に行きた
かったら行けばいいし、歩けないなら私が
手伝ってあげる。

2億パーセント大丈夫だから私の言うことを
信じて、もう少しだけ頑張ってみようか」と
言ってくれたんです。私の生き方や考え方が
大きく変わったのはそれからです。


※本記事は月刊『致知』2015年12月号
「人間という奇跡を生きる」から一部
抜粋・編集したものです。

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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