大工や職人の仕事というのは体で覚え経験を通して学んだ学問 第 2,066 号

 一生を桧と古代建築ですごしてきた著者が、

木をいかに生かすか、技や勘、人をいか

に育てるかについて語る。

 自分で経験を積み、何代も前から引き継がれて

きた技を身につけ、昔の人が考え出した知恵

を受け継がなくてはならないのです。

 私らが相手にするのは檜(ひのき)です。木は

人間と同じで一本ずつ全部違うんです。それ

ぞれの木の癖を見抜いて、それにあった

使い方をしなくてはなりません。

 そうすれば、千年の樹齢の檜であれば、千年

以上持つ建造物ができるんです。これは

法隆寺が立派に証明してくれてます。

 法隆寺を造り守ってきたのは、こうして受け

継がれてきた木を生かす技です。この技は

数値ではあらわせません。文字で本にも

書き残せません。それは言葉にでき

ないからです。技は人間の手から

手に引き継がれてきた「手の記憶」なのです。

 古代建築はほとんどが檜ですな。『日本書紀』

に「宮殿建築には檜を使え」という

ことが書かれています。

 檜はいい材です。湿気に強いし、品がいい、

香りもいい、それでいて細工がしやすい。

 檜は材になっても生きてますのや。千年たっ

ても鉋をかけてやれば、いい匂いがしまっせ。

 自分だけで勝手に生きていると思っていると、

ろくなことになりませんな。こんなこと、仕

事をしていたら自然と感じることでっせ。

本を読んだり、知識を詰め込みすぎる

から肝心の自然や自分の命がわから

なくなるんですな。

 鎌倉時代の建物はいいですね。線が素直で独得

の美観があって美しいですわ。それは自然を

生かしつつ自分らの意思を表現している

からですな。当時の人たちの生き

方が出ていきていますな。

 生きること、死ぬことを考える潔さ、それ

までの古い仏教に衝撃を与えた禅という

考え、簡潔で力強く、斬新で控えめ

というんですかね。精神性が

ありますな。

 わたしら檜を使って塔を造るときは、少なく

とも300年後の姿を思い浮かべて造って

いますのや。こうしたことは学校

や本では学べません。大工や

職人の仕事というのは体で覚え、

経験を通して学んだ学問なんですわ。

 棟梁が弟子を育てるときにすることは、一緒

に飯を食って一緒に生活し、見本

を示すだけです。

 大工の修業の基礎は刃物研ぎですな。刃物

研ぎのような基礎はすべてに通じるんです

な。ですからここで時間をかけても損

にはならん。むしろ納得がいくまで

この段階で苦労したほうがいい

んです。近道、早道はないんです。

 教わる弟子のほうも大変やし忍耐がいる。

しかし教える側も大変なんでっせ。よっ

ぽどの慈悲心、親切心がなければやれませんわ。

「堂塔建立の用材は木を買わず山を買え」

「木の癖組みは工人たちの心組み」

 木の癖が読める、腕がいい、計算ができる、

これだけではだめなんですな。棟梁という

からには工人に思いやりを持って接し、

かつ心をまとめなければならんのです。

 西岡常一『木のいのち、木のこころ<天>』

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 今回も最後までお読みくださり、

   ありがとうございました。感謝!

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