台湾で死んで台湾の土になればむしろ本望だ 第 1,766 号

 今なお台湾人から敬愛され、神として祀られ

る「日帝」時代の日本人。疫病を台湾から追

い出した医師、台湾人に「共通語」を与え

た日本語教育など、台湾の近代化に命を

賭けた日本人の姿を通して、日本の

「過去」を問い直す。

 当時の伊藤博文総理大臣は、台湾経営につい

ては、樺山資紀初代台湾総督に「しっかりや

れ」と激励したのみで、「植民地経営」の

方針や政策については何一つ指示しなかった。

 やがて第4代総督・児玉源太郎の時代に

なると、民政長官に後藤新平が就任した

こともあって、「植民地経営」的な

色彩を帯びてくるようになる。

 本書では、まったく捏造でしかない「反日

抗日」史観からではなく、生態学、水文学、

地文学などの史観から台湾を見よう

としたものである。

 無味乾燥なマクロ的経済社会構造分析からでは

なく、日本の政治家、軍人、思想家、地理学者、

医学者、動植物学者、建築家、技師、さらに

は歴史文化人類学者、教育家、言語学者、

文芸・文化人など、血と汗と涙で近代

台湾の構築に献身した日本人一人

ひとりのドラマを集めた。

 それにより彼らが、いかに台湾の国土開発を

計画し、未開の山地を探検・探索し、台湾

を近代化に導いたか分析する。

 本書では、上下水道、電気、都市建設、森林

保護、治山治水、殖産興業、教育と文化の普

及など、台湾の近代化に貢献した日本人

を100人ほど挙げている。

 実際は数千、数万、数十万人の日本人が、過去

半世紀の日本時代を通じて台湾の近代化に不惜

身命で犠牲となり、大きく貢献しているの

だが、ページ数の関係で全員を取り

上げることはできなかった。

 この数万、数十万の日本人の並々ならぬ努力や

犠牲がなければ、今日の台湾はなかったと私は

断言できる。その意味で、私は彼らを「台

湾をつくった日本人」と称している。

 近代台湾をつくった日本人の功労者のなかで、

まず挙げなければならないのは学校教師、医

師と警察である。また社会建設に貢献

したのは技師である。

 物価の安定をもたらした道路敷設。

 毒水を飲み水に変えた上下水道整備。

 迅速かつ積極的に医療施設

を設置した後藤新平。

 人柱となり台湾の土となった

明石元二郎総督。

 明石総督と士官学校同期の安島大佐が明石の

台湾総督赴任に際して、気候も風土も違う

土地では食事には注意しろと

助言したところ、

 「台湾に行けば台湾の食物を食し、台湾で

尋常の生活をすべきである。台湾で死ん

で台湾の土になればむしろ本望だ」

と答えたという。

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 今回も最後までお読みくださり、

     ありがとうございました。感謝!

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