自己の保身を忘れて捨て身になった時,そこに活路がひらかれる 第 2,302 号

『致知』12月号の特集テーマは「死中活あり」。
この言葉は東洋思想家・安岡正篤師が説かれた
「六中観」の中の一つです。
編集長がこの特集テーマに込めた思いを
巻頭の「特集総リード」に綴っています。

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東洋学の泰斗・安岡正篤師に「六中観」なる
言葉がある。人物を修錬するための方途を
説いた言葉である。

忙中閑あり─どんなに忙しい中でも閑はつくれる
し、またそういう余裕を持たなければならない。

苦中楽あり─どんな苦しみの中にも楽は見つけ
られる。

死中活あり─もう駄目だという状況の中にも
必ず活路はある。

壺中天あり─どんな境涯の中でも自分独自の
別天地を持つ。

意中人あり─尊敬する人、相許す人を持つ。

腹中書あり─頭の知識ではなく人間の土台を
つくる書物を腹に持つ。

「六中観」は安岡師の自作と思われるが、
師自身「私は平生窃かに此の観をなして、
如何なる場合も決して絶望したり、
仕事に負けたり、屈託したり、
精神的空虚に陥らないように心がけている」
(『安岡正篤一日一言』)と語っている。

私たちも安岡師のこの姿勢に学びたいものである。

本号のテーマは、この「六中観」から、昨今の
時流に鑑み、「死中活あり」を選んだ。

改めて「六中観」を読み返してみると、
他の五中観はすべて、死中に活をひらく
ために必要な要因のように思える。

平素より五中観を心がけ、熟達している
人物にして、初めて死中に活路を
ひらくことができるのだ、
と安岡師は言われているように思える。

「死中活あり」で思い出す話がある。坂村真民
さんから伺ったある校長先生の話である。

瀬戸内海で船が沈む事故が起こり、多くの人が
水死した。瀬戸内海は渦が多く巻いている。
多くの人は渦に巻き込まれまいと必死にもがいて
溺れてしまったようである。

その校長先生も海に投げ出され、渦に巻き
込まれたが、何の抵抗もせず生きようという
考えも捨ててしまって、逆巻く渦に身を任せた。

ずうっと底まで引き込まれていく。
と、逆に渦にあおられて浮き上がっていく。
浮いたり沈んだりを七、八回繰り返したろうか。
そこに救助船が来て助けられた。渦に
逆らって生きようともがいた人たちは亡くなり、
捨て身で渦に任せた校長先生は助かった……。

示唆に富む話である。本気の極みは捨て身と
いうが、自己の保身を忘れて捨て身になった時、
そこに活路がひらかれるということだろう。

(『致知』2021年12月号「特集総リード」

                      より)

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    ありがとうございました。感謝! 

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