腕を見せては「これは丸ちゃんという名前なの」と明るく笑いました = 2-2 = 第 2,194 号

(2-1 からの続きです)

「今日子ちゃんがここに来てからもう3年に
なるね。明日家に帰るけれども、帰って少し
すると今度は小学校に入学する。

でも今日子ちゃんは3年もここに来ていたから
知らないお友達ばかりだと思うの。そうするとね、
同じ年の子供たちが周りに集まってきて、
今日子ちゃんの手は一つしかないの? 
なにその手? と不思議がるかもしれない。

だけどその時に怒ったり泣いたり隠れたりして
は駄目。その時は辛いだろうけど笑顔でお手々
を見せてあげてちょうだい。

そして『小さい時に火傷してしまったの。
お父ちゃんは私を抱っこしてねんねする時、
この短い手を丸ちゃん可愛い、丸ちゃん可愛い
となでてくれるの』と話しなさい。いい?」

彼女が「はい」と元気な明るい返事をすると、
園長先生は彼女をぎゅっと抱きしめて声を
ころして泣きました。

彼女も園長先生の大きな懐に飛び込んで3年
ぶりに声を限りに泣いたそうです。


故郷に帰って小学校に入った彼女を待っていた
のは案の定「その手、気持ち悪い」という子供
たちの反応でした。

しかし、彼女は園長先生との約束どおり、
腕を見せては「これは丸ちゃんという名前なの」
と明るく笑いました。

すると皆うつむき、それから誰もいじめる子は
いなくなったといいます。


***

私が教室で愛語について話した時、彼女は「酒井
先生は愛語という言葉があると黒板に書いて
教えてくれたけど、園長先生が私にしてくれた
お話がまさに愛語だったのだと思います」
感想を語ってくれました。


彼女はその後、大学を出て「辛い思いをして
いる子供たちのために一生を捧げたい」
と千葉県にある肢体不自由児の施設に就職。
いまでも時々、写真や手紙などを送って
くれています。


この湯島今日子さんの話をとおして私は思う
ことがあります。

それは愛語とは決して優しく温かい言葉だけ
ではないということです。

「怒ったり泣いたり隠れたりしてはいけません」
「義手を外して腕を見せなさい」という園長
先生の言葉は、彼女にとってどれほど酷で、
苦しいものだったか。想像するにあまりあります。

しかし、彼女はこの言葉に誰よりも深い愛情を
感じ取り、その苦しみを明るく乗り越えて
いったのです。

園長先生もまた、幸せを思う一心で、あえて
厳しい言葉を6歳の彼女に伝えられたのだと
思うのです。


私は優しい愛語を「春風心」、厳しい愛語を
「秋霜心」と呼んでいます。


秋の霜と聞くだけで身が引き締まるのを感じ
ますが、それだけにその言葉は私たちを強く
目覚めさせ、変えていく力があります。


その時は「ちくしょう」と思っても、
長い時間が経過した後で「あの時のあの一語が
なかったら、いまの自分はなかった」と感謝
せざるを得ない。

そういう体験をした人も多いことでしょう。

父は打ち母は抱くの親ごころ

かつて読んだ仏教書にあった言葉ですが、
噛みしめるほど味わい深いものがあります。

(本記事は月刊『致知』2013年10月号
特集「一言よく人を活かす」より
「道元禅師の愛語の心に学ぶ」から一部
抜粋・編集したものです)

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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