政治能力の高さの一方「人心掌握術の天才」と言ってよかった 第 2,072 号

 「上司の心得」のエキスパートである田中角栄

元総理の言行より、やがて来る「コロナ後」の

社会でも活用できる数多の心得を紹介。「気

に入らない相手」とも、全力で向き合う

勇気があるかどうか

 「親分力」とは何だろう。上司としての度量、

器を指す言葉として、これ以上、

的確な言葉はない。

 部下が曲がり角に立ち、切羽詰まっている。

そんなとき、「心配するな。人生は照る日

曇る日」「オレに任せろ。泥はかぶって

やる。心配は無用」で、部下を窮地

から脱出させてやる能力を指す。

 加えれば、こうした行為に自らの利害損得

勘定はなし、誠心誠意の姿勢が基本にある。

こうした上司に支えられ、窮地を脱出

できた部下は、長くその恩義を

忘れないのである。

 逆に上司が窮地に立ったとき、からだを張って

でも支援の先頭に立ってくれるのは、こう

した部下ということになる。

 田中角栄が強大無比の人脈を構築し、長く

絶大な権力を保持し得た背景は、まさに

この「親分力」によるところが大きかった。

 「上司の心得」のエキスパートが、「人間学

博士」と呼ばれ、全国津々浦々、政界内外に

屈指の人脈をつくり上げた田中角栄元首相

である。その政治能力の高さの一方で、

「人心掌握術の天才」と言ってよかった。

 また、一方で田中氏は「人を

育てる名手」でもあった。

 田中派からは、竹下登、羽田孜、橋本龍太郎、

小渕恵三の四人の首相を輩出し、麻生太郎元

首相も派閥には入っていなかったが、陰に

陽に田中氏の薫陶を受けている。

 さらに首相以外でも、政界の第一線で活躍

した小沢一郎、金丸信、梶山静六、野中

広務の各氏など、多くの人材を門下

生として送り出している。

 これだけの人材を育て、送り出した政治家は、

戦後、一人としていない。いかに、「人を

育てる名手」であったかが知られる

ということである。

 本来、ビジネス社会というものは、商談であれ

社内の意思決定の会議であれ、大なり小なり、

相手、仲間の本音、胸の内を知るハラの

探り合いという側面を持つ。オープン

にできない話も、多々ある。

 つまり、相手の表情、気配を読むということ

でビジネスは成り立つということでもある

が、オンラインではそれは読み切れない。

 商談、会議の中身が重ければ重いほど、直接

対面で結論を得る必要性が、多々、生じて

くるということである。

 余談ながら、振り返ってみれば、筆者の「田中

角栄」取材は、田中氏が幹事長時代の昭和44

(1969)年12月から始まっている。

 平成5(1993)年12月、逝去するまで、

じつに24年間を費したものであった。

 この間、数百人は超えるだろう関係者を

取材し、田中氏の人物像を拾ったもの

である。新潟には都合100回以上

足を運んだ記憶がある。

 小林吉弥『田中角栄。上司の心得』

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 今回も最後までお読みくださり、

   ありがとうございました。感謝!

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