「抜かざる宝剣」の価値は今後の日本人の資質が左右する 第 2,157 号

 儲かるか、儲からないかではなく、国を守れる

か守れないかで我々はやっている──戦車1両

作るのに関わる民間企業1300社! 町工場の

職人が支える国防の現状、防衛産業の

最前線をリポート!

 戦時下、軍需生産への対応に全力を注いできた

三菱は、戦後は全面的に民需生産へと転換を

図り航空機、戦車、魚雷などを生産して

いた事業所では、ナベ、カマ、弁当箱、

釘抜きといった小物からトラック、

冷蔵庫、自転車などなど、手当

たり次第に手がけながら、

懸命に這い上がるしかなかった。

 その結果、戦前から蓄積してきた造船、造機、

航空機などの技術を生かす方向で、民需向け

の各種製品の生産が進んでいったのであった。

 しかし、財閥解体のあおりを受け、旧三菱重

工業は企業再編を余儀なくされ、昭和25年に

東日本重工業、中日本重工業、西日本重

工業の三社に分割という形で解散

することになってしまう。

 この際、当時の岡野保次郎社長は全社員

への告辞の中で、次のように述べた。

 「しかるに世間は必ずしも真相を知らずして

時にいわゆる「財閥」として敵視するものも

ありたり。それにもかかわらず、今日の

ごとき混乱の末世においても、業界に

おけるわが社の信用絶大なるもの

ある現実はなぜぞ。

 これまったく、社祖岩崎弥太郎以来歴代社長が

真に国家の利益を第一義として、社業を経営し

来れるがためにほかならず。諸子は今後常に

この大方針を忘れることなく、よく乏しき

に耐えて大勇猛進を奮い起こし、正々

堂々適進せられるよう祈る次第である」

 そして、最後にこう付け加えた。「私はわが

三菱重工業株式会社の最後の社長として、全

従業員諸子に対し、どこまでも国家と運命

をともにするべきことを要請する」

 「国家と運命をともに」こうして艱難辛苦の

中、占領期を過ごした三菱であったが、昭和

27年、サンフランシスコ講和条約が発効し、

日本の主権が回復すると同時に「三菱」

の名を再び掲げることを許された。

 国防費は国民財産として残るもの。兵器は

使われた時に圧倒的な威力を発揮すべく、

多額の予算を投じて開発されるが、

最後まで「使われない」で天命

を全うすることがベストだと

いう大きな自己矛盾を孕んでいる。

 そしてそれは自衛官の存在も同様である。この

頃は、「一生使わないものにお金をかけるのは

無駄」という思考、国の安全を経済的観点で

計るという発想から、見えないものへの

負担は御免こうむるという人も増えているようだ。

 「抜かざる宝剣」に価値を見出せるかどうかは、

今後の日本人の資質が左右すると言えるだろう。

 実は、この投資には国家の技術力の進歩、

発展や、人的資源の養成、抑止や安心感

といった無形のさまざまな 「財産」が

残されるのだが、それがなかなかわかりにくい。

 本来、そういう意味で、すべての

国民が受益者なのだ。

 桜林美佐『誰も語らなかった防衛産業』

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  今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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