国内でも国外でも無数の諜報員や情報提供者.策略者.密偵が仕えていた 第 881 号

 潜み、企み、謀る!人類の権謀術策を

ここに集成。

 ブリテン諸島の歴史には、諜報活動や

秘密活動という大いなる遺産がある。

 強く独立を求める島の民族である英国人

は、フェアプレイと寛容、言論の自由

という伝統に誇りを持っている。

 しかし矛盾しているようだが、この同じ

民族には、「卑劣な手段」を取る

傾向が見られるのだ。

 アメリカ独立戦争の植民地軍最高司令官

として、またアメリカ合衆国の初代大統

領として、ジョージ・ワシントンはア

メリカ史で大きな位置を占めている。

 彼は目的を果たすため、無慈悲

な面を内包していた。

 バージニア人として奴隷を所有する大農園

主であり、フリーメイスン会員であった。

 ワシントンは彼より以前、もしくは以降

の指導者と同じく、諜報と策略におい

て狡猾な手腕を持っていた。

 近代的なアメリカ陸軍諜報活動

は、1776年に始まった。

 ジョージ・ワシントンは、ノールトン

中佐に、秘密任務を実行させる

特殊部隊を編成させた。

 この特殊部隊に所属していたエール大学

卒業生のネイサン・ヘイル大尉が、独立

戦争における最初の犠牲者だ。

 情報収集をしていたヘイルは、英国軍

にスパイ容疑で捕まり、処刑された。

 ヘイルは処刑前に発言を許され、「国に

捧げる命が一つしかないことだけが

悔やまれる」という後世まで

伝わる言葉を残した。

 フランス革命の時代の諜報活動は、史上

最も偉大な諜報組織運用者のひとり、ジ

ョゼフ・フーシェなしには語れない。

 遠征で国外におもむくナポレオンは、

フランスを厳しい監視下に置き、陰

謀について彼に知らせてくれる、

フーシェのような人物が必要だった。

 ナポレオン帝国の成立とともに、

フーシェはフランスを警察国家

に変え、蜘蛛の巣のように張

り巡らされた諜報網が、ナ

ポレオンの支配を1789

年以前のブルボン王

家よりも、さらに絶対的なものにした。

 ナポレオンは、彼が生きた時代の最も偉大

な将軍として記憶に残る存在であるだけで

なく、きわめて優秀な「スパイマスター」

だったと称賛されてしかるべきだ。

 古代ペルシャの王たちのように、独裁者

ナポレオンには国内でも国外でも、あら

ゆる段階に及ぶ無数の諜報員や情報

提供者、策略者、密偵が仕えていたのだ。

 諜報に関するすべてを

「秘密の部分」と呼ぶ。

 軍隊において何より重要なのは、

これを組織することだ。

   (ポール・ティエボー将軍)

 概して諜報機関やスパイたちは、東西を

問わず、政治家や軍部指導者たちに比

べて、力の均衡を現実的に見極めて

いたのは間違いない。(マルクス・ヴォルフ、

東ドイツ諜報機関「シュタージ」長官)

 長年、日本は写真であれ文書であれなん

であれ、断片的な情報を注意深く集め

ている、という評判を聞いていたが、

まったくその通りだった。(セオドア・

ウィルキンソン『真珠湾攻撃調査に

関わる上下両院合同委員会報告』)

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今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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