不慣れな海外生活をする私を気遣ってくれ貴重な機会を得ました 第 2,547 号

日本IBM社長の山口明夫氏。
一人のエンジニアだった山口氏は
やがて社長室経営企画スタッフとなり、
37歳の時には400人を束ねるグループの
本部長となります。
山口氏は社員時代、何を心掛けて
仕事をしてきたのでしょうか。『致知』9月号
「私の座右銘」の一部をお届けします。

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(山口)

現場に戻り、マネジャーとなったのは
2002年、37歳の頃。
間もなく400人を束ねるテクニカルセールス
(ソフトウェアを売るエンジニア)の
本部長を任されました。

これも全く未経験で、
メンバーには50歳を超えた
百戦錬磨のセールスが大勢いました。

トップとして徹底したのは、
自分の考えや知らないことを
包み隠さず打ち明けること。
また、独り善よがりにならず、
一人ひとりの経験を尊重し、
意見に耳を傾けることでした。

そうして公平に自分が聞いた意見を折に触れて
共有し、チームをまとめていきました。

その中で、忘れ難い出来事があります。この頃、
私たちに対し、米国本社の上司にあたる女性から
様々な指示が飛んできました。
日本市場に合わない、
会社のためにならないと感じるものも多く、
犬猿の仲でしたが、ある時米国赴任を命じられ、
彼女が直属の上司として
現地での行動を共にすることが決まったのです。

いままでのわだかまりを解こうと、
自分がなぜそうしてきたのか、正直な思いを
拙い英語で3~4枚の書面にしたため、
着任早々、彼女に手渡しました。

それを読んでいた彼女は突然、紙を破り捨てて
しまいました。通じなかった──
一瞬落胆しましたが、それは
「分かったわ」という彼女流のサインでした。
以後は不慣れな海外生活をする私を気遣って
くれ、世界各地への出張、視察などの貴重な
機会を得ました。


このような体験から、リーダーとして
常に3つのことを意識するようになりました。

★山口氏が意識する3つのこととは?
続きは誌面をご覧ください。

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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