スエズ運河を抜けて日本にまで達する大航海となった 第1,147号

 1917年のロシア革命から100年を迎える

2017年、人類最大の社会実験である

社会主義革命の意味を、レーニン、

トロツキー、スターリンなど

の人間模様、石油利権に

群がる政治家と財閥

の姿を通しながら検証する。

 ソ連はやがて経済崩壊を起こし、共産主

義を放棄して、資本主義になだれ込んだ。

 またそれを見てほくそ笑んだ、アメ

リカとヨーロッパの強大な資本主義

経済支配者が、秘密の人脈を通じ

てソ連に乗り込んで、ソ連の

産業を食い物にしてきた。

 それが「ロシア革命」の結末であった。

 バグー油田の権益と、フランス

との密約貿易。

 思い返せば、レーニンが、トロツキーが、

スターリンが、民衆に倒すべき標的を

教えることによって、1917年の

ロシア十月革命が成し遂げられた。

 そのとき、標的としたのは、まさしく

一群のブルジョワジーであった。

 しかし、革命家グループが手に入れ

ようと臨んだものの中には、実は

バグーの油田がもたらす莫大

な富と財宝があった。

 後年のナチスによるソ連侵攻作戦も、

やはり最大の目的地がバグー

油田にあった。

 つまり問題は、ロシア革命後の

バグー油田であった。

 バグーをめぐる国際的人脈。

 ダイナマイト一族のノーベル兄弟が権益

を確保したバグー油田は、1883年から

フランスのロスチャイルド財閥の

手で石油の販売が開始され、

バグーと黒海のバトゥー

ミまで鉄道が敷設

される大事業に踏み出していた。

 ロスチャイルド一族のユダヤ人サミュエル

が興したシュル輸送貿易の船は、貝殻の

印をシンボルマークとして、バグー

油田からグルジアを経て黒海

に運び出された原油を積

んで、ひとつが西に

向かってイタリア

で石油を陸揚げし、ヨーロッパ

全土に販売網を広げることに成功した。

 もうひとつの航路は、南下してエジプト

に向かい、スエズ運河を抜けてインド

洋から東方、日本にまで達する

大航海となった。

 したがって、バグーの石油産業に

とって輸送路の生命線となった

のが、エジプトのスエズ

運河であった。

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今回も最後までお読みくださり、

             ありがとうございました。感謝!

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